complex
mailto「現場」研究会について今月の「現場」研究会
archiveart scenepress reviewart reviewessaygenbaken reporttop

執筆者(50音順)

足立元
浦野依奴
大村益三
北澤憲昭
暮沢剛巳
提髪明男
中島水緒
西村智弘
福住廉
水野亮
森啓輔


art review 最新版

「中村馨章展 禁忌の園」
2011/10/11

山本直彰《帰還 VII――我々は何処へ行くのか》
2010/3/30

羽山まり子「keep distance」
2009/9/4

「にんげんていいな」展
2009/7/24

倉重光則展
2009/6/3

どこかの何とか展
2009/4/22

「伊藤純代 秘め事」展
2009/4/16

吉川陽一郎展
2009/2/21

安 美子展
2009/2/10


art review 一覧

2006年07月11日
「いろいろメガネ Part2―みんなの見かた紹介します」展

 展覧会に行くと、絵の横に解説を書いたパネルが貼ってある。絵なんて好き勝手に見ればいいんだし、ヨケーな情報なんて必要ねーやべつにコチトラ美術館にオベンキョーしに来たわけじゃないやい!なーんて思いつつもなんとはなしに気になったりして、ついつい気を奪われ気が付くと絵を見ている時間よりも解説文を読んでいる時間のほうがずっと長かった、なんて経験をしたことがある人も実は多いのではないだろうか。
 しかしいったいぜんたいあの解説文、作品の来歴、作者の生涯、技法の解説から賞揚の空文句までその内容はさまざまだけど、あれはホントに必要なんだろうか? というよりもあの「作品についてのテキスト」が作品と一緒に展示されることによって、我々の作品を見る「見かた」はどう変化しているんだろうか? そもそも作品と「それをめぐるテキスト」って、いったいどういう関係にあるんだ???

 そんな途方もない疑問に答えてくれるかどーかはともかくとして、いま上野の国立西洋美術館の常設展示で、なかなか興味深い企画を見ることが出来る。企画イベント「いろいろメガネ Part2?みんなの見かた紹介します」のことだ。
 といっても展示してある作品は、普段の常設展示と変わりはない。ただ作品の横に、観客から募集したその作品についての「エッセイ」をパネルにして掲示してあるのだ。
 そう書くと単なる感想作文コンクールのように思われるかもしれないが、その通りである。単なる感想作文コンクールだ。しかし、コレがなかなか面白い。

 応募総数433点のうち、審査員の選んだ30点がパネルになって展示されている。どういった形で募集を行ったのかはわからないのだが、郵送、もしくはインターネットを通してだろうか。年齢的には小学生くらいの子どもが目立つが、大人からも幅広い年代からの応募があったようだ。
 その内容は多岐に富んでいる。作品に関わる思い出を書き綴る人、自分の内面感情を過剰に作品に投影するひと、作品の印象から自由に物語をつくるひと、勝手に作品を添削するひと...etc。
 すべての応募作を集めた冊子を展示室内で読むことができるのだが、入選に至らなかったエッセイの中にも面白いものは多い。しかし審査員(青柳正規館長、内館牧子、みうらじゅんの3人)それぞれのイロが出ている点と、そしてなんと言っても作品のすぐ横に掲示してあるというインパクトで、やはり入選したエッセイが興味深い。

 たとえば審査員3人全員からの選を受けた11歳の少年が書いたマネの「ブラン氏の肖像」についてのエッセイがある。

 http://www.nmwa.go.jp/jp/news/fwc2006essay12.html

 彼はこの絵に描かれた「ブラン氏」について勝手な想像を繰り広げ、「ちょびひげぶらし氏」なる絶妙な渾名までプレゼントしている。
 この絵は西洋美術館に訪れるたびに目にしているはずなので、もういままでに何回見たのかわからないくらい馴染みのある絵なのだが、しかし今後「ちょびひげぶらし氏」を連想せずにこの絵を見ることは、なんかもう不可能になってしまったような気がしてならない。実際のブラン氏がどういう人物だったかとか、マネが何を考えてこの絵を描いたかなんて、もーどうでもいいやw。

 よく絵を描いた作者に「この作品はどういった意図で制作したのですか?」と質問する人がいる。経験的にアーティストによる自作について説明は、自分が発したものも含めて一切信じないようにしているのだが、しかしその「ことば」が、作品と作品を見るひとのあいだに思いもしなかったような新たな「関係」を生み出す可能性は確かにある。
 そしてこのイベント展示からもわかるように、作品についての「ことば」は、作者や専門家のものでなくたって一向に構わないのだ。一介の小学生の放った「ことば」が、その作品をめぐる世界を一変させてしまうことだってあるのだから。

 もちろん絵なんて好き勝手に見ればよいのだ。このイベント企画を見た人ならばきっと誰もが納得することだろうが、絵に決まった「見かた」なんて存在しないし、そこには正解も不正解もない。
 しかしそんな作品になんらかの「ことば」が付与されたとき、それは思いもかけなかった新たな世界や関係を生み出すことだってある。そしてそれは同時に「在ったかもしれない無数の可能性」を殺してしまっているのかもしれないのだ。
 作品と「それをめぐるテキスト」の関係なんて無数にあるだろうし、「あり得るべき最良の関係」なんてものも、おそらくどこにも存在しないのだろう。そこには正解も、不正解も、ないのだ。

 このイベント展示、そーとーラディカルな企画だと思う。(水野 亮)


「いろいろメガネ Part2?みんなの見かた紹介します」
 国立西洋美術館 常設展示室内(2006年2月?8月)
 http://www.nmwa.go.jp/jp/html/event.html