2006年07月29日
画廊からの提言――新世代への視点2006
3年ぶりとなる東京の銀座・京橋地域にある10画廊共同開催による「新世代への視点2006」が行われている↓
http://www.mercury.sannet.ne.jp/galleryq/galleries/galleries.html
筆者が訪れたギャラリーの中で、とりわけ印象に残ったものを幾つか紹介したい。
● ギャラリー山口「くごうあい展」
一見するとFRPにしか見えない。だが実は素材は陶。軽やかな動きを見せる曲線、明るい暖かな色彩、花柄の模様、これらのどこにも土であることを感じさせない。その落差が却って面白い。陶で作られたプラスティックのフェイク。「土臭いのは好きではない」と語るくごうは手の痕跡を残すことも嫌い、花柄の模様はプリントされたものである。土の存在感と手技をことさらに強調する、伝統工芸としての陶芸。それに異を唱えているかのように安手の陶製品にも似た表面を見せるくごうの作品。それはまた一般的に抱かれている「工芸性」を敢えて前面に打ち出すことであり、工芸自身の内実を問う問題的でもあるのかも知れない。
● ギャラリー現「冨井大裕展」
円を打ち抜かれた跡のアルミ板。これは冨井が打ち抜いたものではなく町工場から出た工業製品。その整然と並んだアナに、色指定なしに大量発注されたスーパーボールが入れられ、何層ものサンドイッチ状態になっている。冨井の出自は彫刻である。では果たしてこれを彫刻作品と呼べるだろうか?鑿も振るってはいない、粘土で形作ってもいない。冨井が行ったのは、発注して届けられた材料を組み上げるということだけ。さらに接着剤やボルトを使って固定するということも行ってはいない。会期が終わればいとも簡単に解体される。堅固な構築性や、周囲の空間を律するといった彫刻の持つ力は見事に脱力されている。この脱力感と空間との親和性が冨井の作品の魅力だろう。
● ギャラリーK「塩津淳司展」
塩津もまた彫刻を出自としている。しかし彼の場合は建築的要素というか、観客を自らの作りだした空間の中に導き入れ、そこで異次元に誘うような視覚体験をさせる。今回の作品はギャラリーの壁面全体を、スティールの網で覆っている。その細かい編み目にはカラフルなホットボンドが充填されている。そして網の後には幾分の隙間を開けて金色の粘着シートが貼り詰められている。観客が壁面の1点を見つめると、鏡のような金色の粘着シートに映る網と実際の網がモアレのような状態になり、色彩の矢が見る者の瞳に飛び込んで来るかのような錯覚を覚える。筆者はふと60年代に流行ったサイケデリックという言葉を思い出した。床に敷き詰められたシリカゲルの粒が足下を不安定にし、不思議な酩酊感を味わうことが出来る。
● ギャラリーQ「タムラサトル展」
大仰でやかましく、何の意味もなく破壊的なタムラの作品。しかし最近は既製のものを使ってある重量になるまで削ったり錘をつけたりというミニマルな作品作りを行っていた。しかし今回は「本業に戻りましたよ」と自ら語るとおり、無意味で若干の危険も感じさせる装置を制作した。メインとなる作品は2つ。1つは横長の鉄板の上を針金が左右にスライドしながら往復しているもの。実はこれらは電極で火花を上げながら接している時は裸電球が点く。もう1つの作品は要するに電車のパンタグラフ。パンタグラフが上の電線に触れるとやはり火花が散り、蛍光灯が点灯する。そして電線から離れると消える。ただそれだけの作品。しかし電気と火花という剣呑な雰囲気に呑まれ、じっと見入ってしまうから不思議だ。
● ギャルリー東京ユマニテ「太田麻里展」
紹介した中では唯一の平面作家。といってもキャンバスに油彩やアクリルで描かれているのではない。市販の400字詰め原稿用紙を大きさに応じて貼り合わせ、そこに鉛筆やパステルなどで描いてある。描かれているのはスカート、ベッドの天蓋、ナイフ、鳥籠、人形の服、爆弾などと何の脈絡もない。下地を作らず原稿用紙の升目もそのままに、塗り絵のように輪郭をしっかりと残したそれらの図像は、まるでイコンのようにシンボリック、そして禍々しい表情さえ窺わせている。
また太田は会期中毎日午後6時よりパフォーマンスを行っている。ギャラリストによれば、創作と創作の合間の日常を表しているという。私が見た日には先ずグラスに注いだヨーグルト(液状)が観客に渡される。両手にコンビニの袋を下げた彼女が入ってくる。いきなり同じくグラスに注がれたヨーグルトを飲む。それも激しい勢いで何杯も。口から溢れ服に流れるヨーグルト。コンビニの袋を開けると10本近い1リットルパックのヨーグルト。次々に開けて飲み、そして文字通り全身に浴びる。10分程で終了すると空のパックを再び袋に入れ、全身ヨーグルトまみれで退場。そのまま会場に戻ることはない。ふと「過食症」という言葉が浮かぶ。現代の病とされているが、この「食」の文字を別の文字に入れ換えても、現代の病と成り得るのではないだろうか。原稿用紙に描かれた作品群、そしてこのパフォーマンス。今回の「新世代への視点」の中で、筆者がにもっとも注目した作家でもある。
ところで、今回の「新世代への視点」で気の付いたことがある。それは平面作品がきわめて少ないということ。上記の太田を含めても10画廊中3画廊しか平面作品が出品されていない。ほかは彫刻や陶芸といった立体作品である。その太田にしてもキャンバスといったオーソドックスな絵画の支持体ではなく、市販の原稿用紙を支持体として用いている。これはたまたま偶然なのであろうか、それとも現代日本のアートシーンに特徴的なことなのだろうか?いずれにしろ平面作品を美術の上位に置く考えより、はるかに健全なことなのかも知れない。(提髪 明男)