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2006年12月25日
元木孝美「日彫展」
 
JR阿佐ヶ谷駅から歩いて数分、地図でいえばちょうど杉並区の真ん中あたりのところに、いくつかのテラスハウスと中層棟から成る阿佐ヶ谷集合住宅がある。
中層の団地をぐるりと取り囲むように並ぶテラスハウスは、全232戸のうち傾斜屋根タイプの174戸が前川國男建築設計事務所の設計によるものだ。なんと築48年。年月の重みが外観に与える貫禄はさすがのもので、駅からの道のりで目にしてきた新築の一戸建てなどには到底太刀打ちできないようなその土地にしっかりと根を下ろした堅固な存在感がある。緑も多く、全体的にゆとりのある集合住宅地だ。残念なことに建物の老朽化があまりに進んでいるため、来年4月には全棟が取り壊される予定だという。

そしてここ、阿佐ヶ谷住宅には、今年10月にオープンしたばかりの「とたんギャラリー」がある。阿佐ヶ谷住宅が取り壊されることを前提とした上、テラスハウスの一室を改造して期間限定で運営しているアートスペースだ。
とたんギャラリーにはいくつかのルールとコンセプトがある。作家は団地と住まいという場所性を考慮した展示を行うこと、会期終了後に、自分の作品を最低ひとつはギャラリーに残していくこと、阿佐ヶ谷住宅の取り壊しに関連して、「ものに終わりがあること」をコンセプトに置くこと等々。
今年最後となる展示では、トタンを素材として立体作品をつくる彫刻家の元木孝美がインスタレーションを行った。

とたんギャラリーの場所は25棟の4号室、集合住宅の中心部から少し脇道に逸れたところに位置している。開けっ放しのドアから玄関口に入り、他人の家にお邪魔するような気持ちで室内に入る。
部屋に入るなり目についたのが、トタンでつくられた高さ十数センチの家型の立体作品。細長くカットしたトタンで最低限の骨組みだけを線的に表した、家型の構造体とでも呼べそうな作品である。家型の立体は廊下から居間、さらにその奥の和室に向かって一列に並べられている。全部で数十個はあるだろうか。幅をとるサイズのものではないけれど、廊下のど真ん中に置いてあるので蹴り倒さないように足元に注意して歩かなければならない。
家の列に導かれるように奥へ進むと、昭和初期の面影を残した渋い内装の居間と和室に通された。場所を広く見せるために余計な家具を取り払ってあるくらいで、基本的に室内の補修などは行われていない。
とはいえ、家具を取り払うだけで室内の見え方は随分と変わってくるはずである。ガランとした室内では、壁材や板張りの床、和室の畳など、阿佐ヶ谷住宅独自の味わいがとても映えて見えるし、間取りに注目してどんな家族が昔ここに住んでいたのかを想像することも出来る。空間そのものと空間に宿る記憶とが自然に浮かび上がってくる感じだ。

阿佐ヶ谷住宅の構造やそれにまつわる記憶が浮上するのと同様、ささやかに床に並べられただけのトタン作品も、見る人の視線を「物事を取り巻く日常の空間」に向けさせる作用を持つ。
線的に構成されたトタンの家は空隙の多い構造体である。トタンという素朴な素材の効果も相俟ってか、家型の立体は阿佐ヶ谷住宅の味わいを決して壊すことのない慎ましい存在感で日常の空間をその空隙のなかへ招き入れ、日常との同質化を図っているように見える。

ただ、危惧する部分も幾つかある。家型を記号的になぞった元木の立体は、一歩間違えれば気の利いたインテリア雑貨に見えてしまう危うさがあるし、その場合、とたんギャラリーのような民家での展示はインテリア的な佇まいを助長させるだけに終わってしまうだろう。
もし、とたんギャラリーの狙いが、作品と一緒に生活することでアートと日常の境界を限りなく無化することにあるのだとしたら、あるいは日常のなかでアートを、アートのなかで日常を再発見することにあるのだとしたら、両者が互いの質を相殺する危険性も十分に考慮しなければならない。

とたんギャラリーで実際に暮らしている管理者のブログによると、並べられているトタンの立体を足で蹴飛ばしてしまうことが日常生活のなかで何度もあるのだという。立体の置き場所が彼女の生活動線とかぶっているためだ。とたんギャラリーのルールに乗っ取って、展示期間中は作品の設置を一切いじらずに生活を続けなければならない。
とたんギャラリーで実際に暮らしている人の日常と、トタンの立体作品が開示する日常。集合住宅のある一室で、位相の異なる二つの日常が交差している。おそらく二つの日常は、同一平面上でピッタリ重なり合うものではない。というのも、やはり元木の作品は作品として、「日常空間ではない何処か別の場所」を志向しているようにも見えるからだ。その志向は個々の立体作品の自律性にではなく、立体の配列、つまり民家という空間に対する作家のレスポンスに端的にあらわれている。
家型の列は廊下から始まって、板張りの床、畳を横切って縁側に突っ切り、その先の庭にまで伸びていた。これを居住空間を真っ二つにぶった切ってその意味を問い直す分断線、あるいは直線的に延びていくアートの意志と捉えることも出来なくはない。

阿佐ヶ谷住宅の取り壊しまで、あと何回か展示が行われることだろう。そのたびに「もの」が増え、おそらく空間の表情や作品と一緒に生活することの意味も変化していく。とたんギャラリーの挑戦は、まだまだこれから開花していくものなのかもしれない。(中島水緒)

とたんギャラリー (2006年12月10日?12月24日)
http://blog.totan-gallery.com/?cid=12576