2006年12月28日
大竹伸朗「全景1955-2006」
“ある平凡な絵描きの半生(全景展追想)”
大竹伸朗の全景展が終了した。
と言っても初日に訪れた俺にとっては既に見てから2ヶ月近くを経た展覧会だ。あのときは「少なくともあと1回はゼッタイ見に来よう!」と固く心に誓ったのだが、結局再訪しそびれたまま会期が終了してしまった。
日程が合わなかったということもあるのだが、行こうと思えばいくらでも行くことはできた。にも関らず結局訪れずじまいに終わったのは、会期中メディアに溢れた「大好評」な展示の評価や大竹論に違和感を覚え、どんどん気持ちがかけ離れていったからだ。
結局展示を見た際に胸の奥に残った「なんとなく釈然としない気落ち」は解消されぬまま宙ぶらりんになり、それに対する明確な解答を他人の「展評」から得ることは(単に俺の寡聞のせいなのかもしれないが)ついぞ出来ずに終わった。
「全景展」とはなんだったのか?
仕方がないので、自分で考えてみることにする。
・「圧倒的」と「物量への驚愕」への違和感
大竹伸朗と言えば「圧倒的」である。その仕事も、量も、バイタリティも、そしてなによりも展示が、いつも「圧倒的」なのだ。人は(俺も)大竹の展示に「圧倒的」なものを期待し、そして彼はこちらの期待を常に上回り観るものを「圧倒」し続けてきた。
しかし全景展は俺にとって初めて「事前の予想を下回った」展示だった。
もちろん全景展の展示については「圧倒された」「圧倒的」が常套句としてメディアを席巻している。確かに通常の基準から言えば「圧倒的」だろう。
しかし「大竹伸朗が東京都現代美術館の全フロアーを使って大回顧展をやる」というニュースを聞いたとき、大竹の今までの仕事を知っている人間なら誰しも「あれくらい」はやってくれることはわかっていたのではないだろうか? そして大竹ならそんなこちらの予想を遥かに上回る何かもっともっと「圧倒的」でムチャクチャな展示を見せてくれると期待したのではないだろうか? メディアから流れてくる「圧倒的な物量への驚愕」を耳にするたびに、「でもそれはわかってたじゃない」とつい言いたくなるのは単なるファンの僻みなのか?
「物量への賛辞」に対する俺の違和感は、そここそがこの展覧会のポイントなのだけれど、額面どおり直球で「物量が凄い!」と驚いて見せたところでこの展覧会の核には届かないだろうという思いに拠っている。
むしろ大竹ならばもっと「圧倒的」な展示もできたであろうに、なぜ現代美術館のあの空間に自らの半生を無理やり嵌め込むような、抑揚を欠いた年代順による淡々とした展示にしたのか?
そこにこそ、この展覧会の核心はあるような気がする。
先日、会期終了間際に展示を見てきたという友人のアーティストと全景展についての感想を述べ合った。「大竹の展示で初めて事前の予想を下回った展示」「ただ置いてあるだけだったダブ平&ニューシャネルへの失望」など釈然としない気持ちを吐露する俺に対して、彼はこんな感想をくれた。
?? 大竹さんはあの展示を通して、自分にとって過去のすべての時間は均質だということを言いたかったのではないか? だから子どもころの作品も同じように展示してある。もちろん僕たち観客はいつもの大竹伸朗の展示=圧倒的なものを期待して行くんだけど、たとえば水野さんが「時代の体温」展のような「圧倒的な展示」を期待していた「ダブ平&ニューシャネル」だって、彼にとっては「既に一回やったもの」であり、ほかの作品たちと同じく均質な過去の一点として見せようとしてたんじゃないかな。
ちょっと好意的すぎる解釈では?と思わないでもなかったが、彼の意見はこの展覧会に対して語られた言葉のなかで、唯一俺がはっとさせられたものだった。
・「大芸術家大竹伸朗」なのか?
それにしても展覧会期間中、メディアの大竹への注目度は凄かった。
当然と言えば当然だし今更と言えば今更なのだが、しかし雑誌がこぞって特集を組み、四方八方大竹の才能と偉業への賛辞が飛び交うと、俺はどうしてもあの展覧会の印象とのギャップを、そしてなにか大竹伸朗という絵描きの本質からどんどん離れて行くような、そんな違和感を覚えていた。
福住廉がartscapeの「アイドル展」の展評で、「誰だってアーティストになれる」というポピュリズムの横行に対する反動としての「大芸術家を待望するメンタリティ」に括弧して(大竹伸朗でも山下清でも、じつをいうとなんでもよい)と付しているが、俺の違和感はまさに大竹伸朗を「大芸術家」にしようとするメンタリティに対してなのである。
大竹が才能ある絵描きであることは間違いない。しかしもし彼が「大芸術家」であるとして、その突出した巨大な才能を見せ付けようとするならば、実は作品一枚展示するだけでも充分事足りるはずだ。
大竹の作品はたとえ一点だけ取り上げても、いつまで見ていても飽きないような魅力を持っている。ズバ抜けたイメージの強度と汲み尽せぬ莫大な情報がそこには埋め込まれているからだ。だが周知の通り、息苦しくなるほどの「圧倒的な」物量を並べる展示を、彼は常のスタイルとしている。
物量は物量であり、別に才能があろうがなかろうが、たくさん描けば誰でも物理的には到達可能な地平である。事実、確かに全景展に出品された物量は常軌を逸しているようにも感じられるが、その反面「このくらいのペースでこのくらいの期間描いてれば、まーこれくらいは描けるだろう」という、「実現可能」な量でもある(そして実際大竹は実現したのだし)。
もちろん頭で計算するのと実際に手を動かしてやるのでは、全然意味が違うのだが、そんなことは当然わかってる。
俺が言いたいのは、大竹は敢えて自分の才能を「見せ付ける」スタイルではなく、才能の大きさにかかわらず「絵描きだったら誰でも(理論上は)達成可能な展示」を選んだのではないだろうか、ということなのだ。
今回の全景展を支える絵描きとしての初期衝動「現代美術館全館を自分の半生をかけた作品でギチギチに埋める」は、「大芸術家」のスタイルなどではもちろんなく、むしろ入学したての美大生の「妄想」とかに近い。
そして何よりも、そんな「幼稚」な初期衝動の一貫した持続こそが「大竹伸朗」なのだろう。
つまりそこは「ここ」から地続きの、(理論上は)誰もが到達可能な場所なのだ。
全景展のサブタイトルは「毎日と絵」である。
才能があろうがなかろうが、べつにピカソやダリのような「大芸術家」でなくても、毎日絵を描き続ければ現代美術館全館を埋め尽くすことだってできる。大竹がこの展示を通じて一番表現したかったことは、実はそれではなかったのだろうか?
大竹伸朗は紛れもなく現代の日本においては、そしておそらく世界においても突出したアーティストである。しかしその「突出ぐあい」は、既存の「大芸術家」のそれと異なり、かなり特異なものである。
彼は「突出したところのない平凡な画家でも辿り着ける極限点」に立っているからこそ「突出」しているのではないか?
つまり大竹を「大芸術家」にしてしまおうとする動きは、むしろ大竹の仕事の本質を見えなくし、無効化してしまうのではないだろうか。
20世紀美術の最大の怪物は、言うまでもなくピカソだろう。きっとピカソなら現代美術館全館でも、軽く埋め尽くせるに違いない。
しかし現代美術館を埋め尽くした「ピカソ全景」と、現代美術館を埋め尽くした「大竹全景」は、あきらかに質の異なるものなのだ。どっちがスゴイというのではなく(つまりどっちがより「大芸術家」だというのではなく)、端から性質の異なった展覧会になるはずなのだ。
つまり大竹は、べつにピカソになろうとも超えようとも思っていない。岡本太郎とは違うのだ。もしかしたら「芸術」とだって違うのかもしれない。
全景展とは、「平凡な絵描きでもこの道を進んで行けば誰でもいつかは辿り着ける場所だけれど、結局実際に辿り着き、そして現在進行形で邁進し続けているのは大竹伸朗しかいない」ということを示した展覧会だったのではないだろうか?
そしてそれは突出した稀有の「天才」を、平凡でありきたりの「日常」が凌駕できるということを証明した、美術史上における「事件」だったのかもしれない。(水野 亮)
大竹伸朗「全景1955-2006」
東京都現代美術館(2006年10月14日?12月24日)
http://shinroohtake.jp/