2007年02月21日
disPLACEment?「場所の置換」vol.2 倉重光則展
現在、新宿のPhotographers’ Garellyで「不確定性正方形」と題された倉重光則の新作インスタレーションが披露されている。倉重光則といえば60年代の後半から一貫して光をテーマとしたライト・アートの作品をつくり続けてきた美術作家だ。今回のインスタレーションでも正方形のフォーマットに蛍光管やネオン管を用いる制作の基本ラインは変わらないまま、正方形の金属板を何種類か組み合わせて壁に設置したりネオン管を括りつけた正方形型のレールを壁にもたれかけさせて展示するなど、フォーマットと環境との関係性にズレやグラデーションをもたらすことでより豊穣な光を鑑賞者に体験させる内容となっている。
長年のキャリアに裏付けられる倉重の仕事振りも興味深いが、ここで注目したいのはPhotograpers’ Garellyの向かいの小部屋・IKAZUCHIで同時開催されているささやかな実験的試みである。美術批評家の土屋誠一による企画・構成で、1970年に倉重が福島県志賀島で制作した立体作品の記録写真に基づいた展示が展開されているのだ。
この立体作品は志賀島の海辺に設置されたまま長い年月を経て自然崩壊し、既に現存しないという。土屋は2006年に志賀島を訪れ、かつて作品が設置されていたはずの海辺をカメラにおさめた。展示室に入って左手に掛かっているのが土屋の写真、右手にあるのが倉重自身が撮影した当時の作品の記録写真だ。両者2点ずつの写真がちょうど真向かうかたちになる構成である。
土屋の写真は情緒を排したドキュメンタルな視線を感じさせるもので、目ぼしいものは何一つ見られない寂れた砂浜や無人の海辺を味気ないまでに淡々と撮影している。作品が在ったという形跡すら感じられないこの景色に不在感や欠落感を読み取ってしまうとしたら、それは「36年前、ここに現代美術の作品があった」という事前に与えられた情報が起こさせている錯覚なのである。
一方、倉重の記録写真からは当時の作品がワイヤーと楔で砂浜に固定された立方体の箱のようなものであることが伺える。一枚は至近距離からの視点、一枚は海をバックにして撮影しているためスケール感や材質感、周辺の様子などがかなり分かりづらい。限られた情報の中から当時の作品がどんなものであったかを推測することも可能だが、そもそもこの展示はドキュメンタリーを読み解くリテラシー能力を鑑賞者に要求する類のものではないはずである。
土屋がコンセプトに据える「新作における現在と現存しない作品における過去といった時間的な隔たり」「東京と福岡あるいはギャラリー空間と屋外空間といった場所の隔たりを発見すること」は二つの写真のあいだに潜む断絶によって強調されているが、展示は単なる対比的な図式には留まっていない。
まず、倉重の写真が新作インスタレーションで用いているのと同タイプの金属板に貼り付けられて展示されていることに注目したい。金属板は写真のフレーム代わりでも支持体代わりでもないだろう。経年変化のため赤茶味を帯びたプリントは一切の感情移入を拒否するメタリックな質感の金属板と物質的な関係を切り結び、恣意的なアングルで情報が捨象された記録写真は金属板の矩形内の領土に取り込まれることによってますます抽象的な視覚性を強めている。鑑賞者の眼前にあらわれるのは資料としての記録写真ではなく、平面の舞台に取り込まれた宙吊りのイメージだ。これは「いま、ここにはないかつて」が現在性の次元に織り重ねられていることの証左ではないだろうか。
倉重の記録写真には水平線のその先に小さな島が写りこんでおり、土屋の写真もこれに応じるように同じ島を撮影している。いつかは滅び去る人間の手による被造物と、不動の自然物。現在も変わらない風景となくなってしまった作品が両者の写真のあいだを往還し、合わせ鏡のような構造を立ち上げる。土屋の狙いはおそらく、鑑賞者を合わせ鏡の只中に生じる不確定な場へ招き入れること、つまり背後にある文脈や歴史性から解放された、ひたすら「見ること」「読むこと」へと捧げられる能動的な鑑賞の場に参入させることである。
しかしここで幾つかの疑念がよぎる。上のような読解を行うこと自体、企画者の思惑を不器用になぞっているに過ぎないのではないか。そして知的に組み立てられたコンセプトは作品を特定の思想潮流で縛っているのではないだろうか。
フォーマリズムやミニマル・アートをはじめとして、モノクロームの金属板ないし矩形というフォーマットは確かに現代美術史上の様々な文脈・記憶を想起させ、既視感が拭い切れないのも事実である。海辺に放り出された謎の物体の写真が魅力的なのはそれが美術と非美術の境界をスレスレにさまよっているからだと思われるが、多様な読解の場に開かれる可能性をもつ記録写真がもはや現代美術のクリシェと化した矩形のフォーマットに取り込まれることで安易に「美術作品」然とした佇まいに変貌し、鑑賞体験を非常に狭まった領域での思弁に変えてしまう危険性も考えられる。このとき鑑賞者が発見するのは普遍的な現在性ではなく一人の批評家のビジョンによる現在性である。
抽象的な観念としての時間・空間の隔たりだけでなく、46年生まれの倉重と75年生まれの土屋の世代の隔たり、現代美術史と現代美術批評史の隔たり、果ては土屋による作品解釈と第三者による作品解釈の隔たりなど、この展示の深層には複数のレベルの隔たりが絡み合っていることを鑑賞者は自覚しなければならないだろう。
だが、先達の美術作家に対して言説上の再評価というかたちでなく「もの」の提示で応えるという土屋の方法論には興味を抱かされる部分が大きいし、歴史の一頁と化した作品に第二の生を与える創造的受容という意味でも評価するべき点は多い。何より、偏向は批評と鑑賞の出発点である。自分が足がかりとする鑑賞・批評の出発点を明らかに提示しつつ時にはそこから相対化の動きを図ること、この運動の振幅の中でしか今日の「アートシーンらしきもの」が生まれないのだとしたら、disPLACEmentの目論見は確かにアートシーンの生成に向けて一歩を踏み出すものである。(中島水緒)
Photographers’ Garelly+IKAZUCHI
(2007年2月13?3月4日)