2007年03月21日
桃木 彩「工事中」
「彫刻の内部」という言葉を使う若い彫刻家がいる。「彫刻の内部」、果たしてそんなものが存在するのだろうか。しかしギャラリー空間の四方を作品で囲めば、観客は「彫刻の内部」に居ることになる。さらに「大仏」や「太陽の塔」は作品の内部に入り、「胎内巡り」をすることも可能である。アバカノビッチの布の作品では内側のがらんどうこそが重要な意味を担っている。また、その内側に意味があろうとなかろうと、鋳造以外の鍛金やFRP作品では、内部は確実に存在する。なぜ、こんなことを書き出したかというと、3月29日まで茅場町のGallery≠Galleryで開かれている個展「工事中」を行っている桃木彩の以前の作品を思い出したからである。
それは昨年の東京芸大卒展で彫刻棟に展示されていた彼女の作品。人体像が多くなっている最近の芸大には珍しく金属による作品。部屋の床に大小のマンホールの蓋が置かれていたのである。本物と違わぬその作品はユーモアを湛えていただけでなく、どこか物語を喚起するものがあった。すなわち作品それ自体はマンホールの蓋であるのだが、マンホールの蓋とはその内部があってこその蓋である。3階の床に置かれた蓋は、逆にあるはずのない内部を生み出したことになる。マンホールの内部には水路があり、その水路はどこまでも続いている。だから彼女が作り出したのはこの水路ということになる。
さて今回の展覧会「工事中」のDMは実際の工事看板を模して作られている。その「工事件名」にあたる場所には「換気工事」とある。会場に足を踏み入れる。先ず手前の広めの部屋にはL字型の大きなダクト。片方はギャラリー窓側の壁に付けられ、その上には実際の窓から撮影された映像が写し出されている。ギャラリーの前を流れる川面の様子、川を挟んで対岸にあるビル、ブラインドを操作する作家の姿。それらがダクトを通って観客の側に届けられるかのようでもある。そしてL字型になった片方にはプロジェクターに仕込まれ、ダクトに入る作家やビー玉の流れが右壁面に映されている。奧の小さな部屋には直線のダクト。これも片方は窓側の壁に付けられている。この部屋には窓があり、映像を写し出さなくとも時々刻々と変化する川と対岸の光景を実際に見ることができる。ダクトのもう一方はただ開口しているしているだけ。だが錯覚と言えるかも知れないが、ダクトを通して窓の外にある空気が伝わって来るようでもある。冒頭に「彫刻の内部」について触れたが、ここでも実際に制作しているのは金属のダクトそのもの。しかし実際に作り上げられているのはダクトに囲まれた空間。その空間を通してわれわれはどこかと繋がることができる。だからこその「換気工事」という件名(タイトル)。爽やかで軽快、それでいて思索の道へとわれわれを誘ってくれる展覧会となっていた。(提髪明男)
Gallery≠Gallery↓
http://blogs.dion.ne.jp/dg300/