2007年06月03日
水野亮展 「物置」
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画家の水野亮が武蔵野美術大学の民俗資料室ギャラリーで個展を開催している。同じ「展評」欄で執筆している知人に対してレビューを書くというのは距離感が計りにくくて何とも調子が狂うけれど、客観的で公正で適正な判断をもって書かれる「展評」などというものは元より幻想にすぎないと開き直った上で、幸運にも民俗資料室の収蔵庫まで見学することが出来た「私」なりの視点から、対象に近づいたり遠ざかったりを試みつつ、水野亮の「物置」展体験について語ってみたいと思う。
これまでペンや鉛筆、墨やCGといった様々な媒材を使い、闇の中に蠢く得体の知れない生き物やプリミティブな形態を描いてきた水野。本人の言によれば、描くときは頭の中をカラッポにし、オートマティスムに近い状態でどんどん手を動かしていくのだという。画面が真っ黒になるまで描き込んだらまた次の絵…というふうに矢継ぎ早に生み出される膨大な量のドローイングは、多くの場合ギャラリーの壁全面をギチギチに埋め尽くす「つなぎ絵」の形式で発表されてきた。「圧倒的な物量で展示室の隅々までを埋め尽くす=空間を俺色に染め上げる」ことを目指す露出狂的な態度、肥大化された自己顕示欲の提示には、水野がリスペクトする大竹伸朗の影響を少なからず指摘することができるだろうが、それがどこまで作家の天然度に起因するものなのか、主体が「展示=一種の演出」を通過するからこそ成り立つマジックなのか、水野の場合そのボーダーラインが限りなく不明であるところが魅力のひとつでもあった。どうやら作品をつくることと展示を行うことのあいだに、つまり自分の内側へと降りていく作業と外に向けて発信していく作業とのあいだに、不思議なスイッチの切り替えがあるようなのだ。
ともかく、神経質な筆致によるエログロな形象の数々に完全包囲された鑑賞者の私たちは、作品そのものの強度のみならずその背後に潜む画家のエンドレスな衝動、どこを切り取っても等価に繰り広げられているやたらと規律正しい生産行為に戦慄を覚えるわけで、こういった感想は「展評」欄でたびたび作品よりも活動や行為、作家にまつわる神話に注目する昨今のアートシーンに異を唱え、ブツとしての作品に真っ向から対峙するよう声を上げてきた水野からすると、不本意なものであるかもしれない。
しかしやはり、水野の「展評」を読んでいていつも感じたのは、彼の「作品」に対するアンビバレンツな思いである。
例えば「展評」執筆の際、水野があの饒舌なモノローグのなかで頻繁に多用する「俺」という一人称。あたかも「俺」をテキスト内に充満させることでそこにアクチュアルで自律した輝きを与えようとしているかのようだが、作品においてもその姿勢は同じで、おそらく彼は「作品」を「作品」たらしめる美術の制度や文脈に苛立ちを感じておきながら、「作品」を「俺」という主体によって自律・完結させたい願望の強さにおいて、(画面的な面で言えば規定のフォーマットや制作方法に自らを限定しつつそれをグリッド状の「つなぎ絵」で乗り越えようとしていく図式において)、モダニズム的な美術観に呪縛/魅惑された人間のひとりであるように思える。なにがしかのフレームを引き受けつつそれを超えていくこと、これが水野の制作の基本的なアティテュードだ。そのフレームがたまたま「作品」であったというだけのことかもしれない。
水野の遠心分離機的な激しい自転は、外部の価値体系の介入や夾雑物を退けるかのごとく「俺色」一色に染まりあがった世界を立ち上げようとするのが常だった。ところが今回2年半ぶりになる個展では、「名無し」と呼ばれる紙粘土でつくった立体作品と、武蔵野美術大学の民俗資料室が管轄する民具を共存させたインスタレーションを行うという。これは水野が他者の世界に向けて一歩を踏み出したことの証だろうか。少し憶測が続き過ぎたので、ここから実見に基づいての展示の記述を始めてみたい。
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日本が高度経済成長を遂げる以前の生活民具を集めた民俗資料室附属のギャラリーと言われると、つい古めかしい倉庫のようなの建物などを想像しがちだが、実は清潔で明るい近代的な建物の一室である。ただし、壁の二面がガラス張りで自然光がたっぷり入ってくるところが展示の条件を左右する大きな特色だ。
「物置」展のつくりは、民俗資料室の収蔵庫から箪笥や布団、籠やちゃぶ台といった民具を十数点運び出し、ギャラリーに「物置っぽい」空間を仮設したあと、水野の紙粘土作品を織り交ぜていくというもの。ガラス張りの壁面は箪笥やふすまで塞ぎ、照明は天井から吊るされた裸電球一個のみなので、薄暗い質素な雰囲気に設えてある。ノスタルジックな魅力漂う民具に興味を惹かれながら室内を探検すると、箪笥の引き出しや積まれた布団と布団の隙間、くずかごの中、トイピアノの譜面台や木箱の上など、部屋の各所に仕込まれた紙粘土作品「名無し」が次々と見つかる。サイズは小指の先ほどの小さいものから大きくてもせいぜい手のひらに乗せられる程度で、かたちは不定形。その生々しい視覚的印象から顔料を粘土に練り込んでマーブル状にしたものかのように見えるが、実際は指先で大まかにかたちをつくったあと、粘土が乾燥してから表面に墨で絵付けを施したものらしい。
「立体作品」「彫刻」「オブジェ」、どの言い方もしっくりこないこの造形物を、水野は作者の意図を超えてひとりでに動き出す存在、漆原友紀の漫画『蟲師』に出てくる蟲のような存在として捉えているようだが、「名無し」という呼び名のポップさがこの正体不明の紙粘土作品をあたかも生命を持った生き物であるように振舞わせる(周囲に認知させる)作用に一役買っていることはさておき、確かにこの紙粘土作品の出自はひとつのかたちとして質や完成度を高めていくという意味での「美術作品」の造形意識には由来しないのかもしれない。ただ、技巧や規範から逸脱した領域で大量生産される紙粘土の物体が、細胞や軟体生物、ときに性器や排泄物を連想させる形状の露骨さにおいて、非常に生々しいダイレクトな感覚を備えたプリミティブなブツであることに間違いはないだろう。紙粘土の表面をうねうねと這う筆触には見る者の皮膚感覚に生理的に訴え、忘れ難い印象を残す。これまでの絵画作品と違ってフォーマット(紙粘土)と描写(墨の絵付け)が有機的に合致している点も、「名無し」にダイレクトな感覚と自律性を与える成功の理由のひとつとして考えられるのだ。
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忘れてならないのは、無名の民具の中に「名無し」を織り交ぜていく形式をとっているとはいえ、この「物置」展が完全に主体の「作品化」への意志を背後へ退けたわけではない、ということである。「作品」や「展示」が相対化されるどころか結果的には、水野の画家としての構成意識がバリバリ前面に出た「俺節」炸裂の仕上がりとなった。
「物置」と名付けるからには余程ものが雑然と溢れているのだろうと思いきや、ギャラリーの中の民具は意外ときちんと配置されている。鑑賞者の動線はきちんと確保され、無理にものが詰め込まれたり積み上げられたりすることもない。つまり整理整頓好きの人間の物置ということか。空間に枠組みを想定してそこにものを几帳面かつ神経質におさめていく水野のグリッド感覚はここでも働いているようだ。また、ギャラリーに入ってすぐ手前にはものを何も置いていない空間の余裕が少しあるので、そこに立って「物置」展示の全貌を引きの視点で眺めることも出来る。すると、配置された民具の間から小っちゃな「名無し」がアクセントのように目に飛び込んでくる。このような構図が無意識のうちに作られているところやギャラリー全体に満遍なく「名無し」をバランス良く配置しているところに、水野の絵的な空間づくりの姿勢が伺えるのである。
とはいえ、「物置」展に絵的な構図を感じるのはあくまで「距離をおいて眺めたとき」までのことだ。ひとたび民具の並ぶ展示空間に足を踏み入れると、サイズは小さくとも部屋の中に数百も撒かれているという「名無し」の自己主張力に圧倒されてしまう。なにしろ箪笥の引き出しを開ければ中にはクローズアップで撮影された「名無し」のポートレート写真まで納めてあるのだ。「物置」展を訪れて「名無し」に取り憑かれたような錯覚に陥る人も少なくないと思うが、それは「名無し」が物理的な空間のみならず写真などのイメージ空間にも偏在しているからではないだろうか。写真などの媒体をうまく使うことによって、「名無し」はリアルとフィクションをまたがる存在に達することが出来るような気がする。そしてもしかしたら、そのときこそ「作品」が「俺」という一人称から分離する瞬間かもしれないのだ。
これまで壁のように鑑賞者の前に立ちはだかる対峙型のつなぎ絵展示を披露してきた水野が、鑑賞者を内部へと誘い込む演劇的な空間づくりへと挑戦したのは新たな境地の開拓だろう。「展評」の執筆ももちろんそうだが、やはり作家としての今後の活動に期待が高まる。(中島水緒)
水野亮展 「物置」
武蔵野美術大学美術資料図書館民俗資料室ギャラリー(2007年5月22日?6月8日)
http://www.musabi.ac.jp/folkart/exhibition/index.html