2007年08月29日
アンリ・ミショー展 ひとのかたち
東京国立近代美術館で「アンリ・ミショー展 ひとのかたち」展を見た。孤高の詩人の展覧会らしく、こじんまりした展示ながら、会場は濃密な雰囲気に充たされていた。
「ひとのかたち」という題は、ひとの姿をかたどったことを必ずしも意味しない。作者自身の手と腕の動きのなかから??つまり、ひとが描くという、そのこと自体によって??紙のうえにひとが姿が現わす、その瞬間を定着してゆくこと、これがミショーの方法である。「それらはみな人間のプロトタイプから現われてきたものだ」というミショーの言葉は、このような意味に理解することができる。すくなくとも1951年刊行の詩画集『ムーヴマン』については、そのようにいうことができるだろう。
「ムーヴマン」というのは、ドローイングの成り立ちばかりではなく、そこに見いだされるひとの形姿についても当てはまる。ミショーの人型は、どれも、豊かに動勢を帯びているからである。それらは身をよじり、身を翻し、走り、跳び、跳ねている。日本社会が産み出す絵は、絵巻の昔から今に至るまで、ひとの実在的な有り様よりも、むしろ、運動するひとの姿を捉えることを得意としてきたが、同様のことがミショーのドローイングについても、どうやらいえそうなのだ。そういえば、ひとのかたちをした線のまとまりが4×4に並ぶミショーのドローイングは、『北斎漫画』の「雀踊り独稽古」を思い出させるところがある。

?アンリ・ミショー 《ムーヴマン》 墨 31.8×24.1(cm) 1950年 東京国立近代美術館蔵?

?葛飾北斎《雀踊り独稽古》( 『北斎漫画』より)?
ひとの姿への連想をうながすミショーのドローイングは、その抽象的な簡潔さにおいて漢字を連想させもする。紙の上にしるされる「ひとのかたち」が、書のように間隔を置いて配置されているのも、こうした連想を補強する。
だが、ミショーのドローイングは文字ではなく、したがって書とも呼び得ない。
なるほど墨を用いたドローイングは、一見すると書のように見えないでもないものの、洋紙にしるされているために墨の重なりや、滲みが分明ではなく、したがって線の立体感に乏しい。概して平板に見える。平板であるにもかかわらず、動作を連想させるのは、それらがいわばシルエットとして造型されているからだ。こうした造型性は、「ひとのかたち」を以てフィギュアを代表させてきた西欧の歴史の奥行きを思わせずにおかない。
これを裏返していえば、ミショーは、こうした西欧の歴史のなかから、たったひとりで新しい文字の創出へと歩みを進めていったということもできる。彼は「普遍的アルファベット」を求める実験を続けていたのであった。
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アーネスト・フェノロサは、『詩の媒体としての漢字』というエッセイのなかで、自然におけるアクションとプロセスを視覚的に示す漢字の在り方に「真の詩」を見出している。ちょうどミショーが生まれた頃に書かれたとおぼしきフェノロサのこのエッセイを、本のかたちにまとめたのはエズラ・パウンドであり、そこに展開されたフェノロサの漢字論がパウンドにおいてイマジズムの胎動を促したことを考えると、フェノロサからミショーへのはるかなる連なりを想像してみたくもなる。西脇順三郎がイマジズムとシュルレアリスムを連続の相において捉えていたことが、ミショーにおいて、あらためて重要な意味を帯びてくるように思われるのだ。
しかし、ミショーが紙片の上にしるしたかたちを、われわれは、やはり、ついに「読む」ことはできない。したがって、それは通常の意味での文字ではありえない。しかしながら、これらのドローイングは人間像と呼ぶには、あまりに記号性へと傾きすぎている。
この記号性を頼りに、考えを進めてゆくならば、身体の奥深くに刻み込まれている原-文字のようなものを探り当てることが、もしかするとできるかもしれない。
すなわち、原-文字への遡行としてのドローイングということだが、原-文字なるものを未だ誰も見たことがないし、それを見るということが果たして可能なのかさえも分からない。原-文字は、その存在さえ定かでない。とするならば、原-文字の発見を目指すドローイングは、ほとんど発明に等しいということができるだろう。
文字の成り立ちを、個体発生的に繰り返すこと、しかも個体発生的に系統発生を逆行すること。ミショーの試みが、このようなものであるすれば、それは不可能な試みというほかない。「発見」は「発明」の名によって絶えず否定されつづけるほかないからだ。だが、不可能に賭ける以外に??いいかえれば、概念と論理にまつわるマジカルな実践である以外に、詩の??そして批評の??権能は、はたしてどこにありうるだろうか。あるいは、活字の発明が脱魔術化としての近代化の過程を促進した歴史を思い返すならば、ミショーの試みは、それへの逆行つまりは再-魔術化の過程を歩んでいるということもできるだろう。
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文字にも、したがって書にも成りきらない、そして、たんなるドローイングでもない、こういうミショーのドローイングは、あるもどかしさを感じさせる。それは、何かに似ているが、その何かではない。何かに成りきることをはぐらかし、はぐらかしながら、その何かを想わせずにはおかない。近づきつつ、決して、そこに至り着かない。ミショーのドローイングは、こうして未生の文字として紙の上で運動しつづけている。
こうしたミショーのドローイングについて、フランシス・ベーコンは「人間のイメージを作り変える迂遠なやり方」と評した。なるほどミショーの絵には、そういうところがある。「神の死」に次ぐ「人間の死」の後において、人間の像を得るためのひとつの方法を、ここに見いだすことができる。
ミショーの運動するドローイングは人間の実在性をはぐらかしつつ、同時に人間の記号化をもはぐらかしている。
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この展覧会には、メスカリンによるドローイングも展示されていた。神経のさざ波とでも称すべきノイジーな線が、あたかもラジオが受信する冥界通信のように画面に広がってゆくさまを描き出すそのドローイングは、メスカリンの効力以上に、ミショーという詩人の感受性の効力を??芸術上の効力を??示してあまりある。
「人工の天国」のボードレールは、ハシシュの効能にかんして、それが当人の感受性を越える効果をもたらすことはないと断言しているが、ボードレールの先蹤たるトマス・ド・クインシーの『阿片常用者の告白』のなかにも、こんな言葉を見いだすことができる。すなわち??牡牛のことばかり話す男が、阿片喰いになったら、牡牛の夢を見ることだろうと、ド・クインシーはしるしている。
ミショーにとって「牡牛」とは、いったい何であったのだろうか。視覚的なノイズを発しながら紙面に広がる、ただならぬ不穏な線の連続は、こんな思いへと、ぼくを誘う。もしかすると、それは「普遍的アルファベット」もしくは原-文字であったのかもしれない。

?アンリ・ミショー 《メスカリン素描》 墨 31.5×24(cm) 1957年 鶴岡善久氏蔵?

?アンリ・ミショー 《メスカリン素描》 インク、カラーインク 26.7×22.0(cm) 1956-58年 個人蔵?
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メスカリンによるドローイングは文字とは似ても似つかぬ在り方を示している。とはいえ、そこにこそ原-文字は浮かび上がるのだと、おそらくはいうべきなのだ。『深き淵よりの嘆息』のド・クインシーは、人間の頭脳は、重ね書きれた羊皮紙??以前の文字が残存しているpalimpsest??のようなものであるとして、次のように書いている。
幾つかの個々の重ね書きした羊皮紙写本の実例から私が想像した例証に沿って言えば、希臘悲劇は修道院伝説に置き換えられたかに見えて、実は置き換えられていなかったし、修道院伝説は騎士物語に置き換えられたかに見えて、実は置き換えられてはいなかったのである。(野島秀勝訳)
ミショーのドローイングが、竟に文字にたどり着かないように、原-文字は、決してポジティヴに姿を現わすものではなく、重ね書きされた羊皮紙に記された文言のように??あるいは、メスカリンによるミショーのドローイングに現われ/見出される顔々のように、その存在を一種のモアレとして示すにとどまるものなのではないか。ド・クインシーの上記の言葉は、そうした諭しの意味に受け取ることができる。(北澤憲昭)
アンリ・ミショー展 ひとのかたち (2007年6月19日?8月12日)
http://www.momat.go.jp/Honkan/Henri_Michaux/index.html