2007年11月20日
勝 国彰展 mental sketch modified
少し前のことになるが、京都在住の奇才の画家、勝国彰の個展が渋谷のBunkamura Galleryで開催された。
ワンマン・ショーとしては2003年に東京で行われた個展から実に3年ぶり。出品作29点すべてがこの3年のうちに書き溜められた新作、つまり未発表作である。非常に寡作な画家で一年間のうちに完成する作品はわずか10点前後というから、これだけの数、勝の新作が一同に集まる機会はそう何度もあるものではない。もちろん点数だけでなく質も充実した展覧会である。勝が描き出すのは日本の古代神話や仏教美術に共鳴して展開される画家自身の幻想世界なのだが、人間の情念や煩悩を主題化した画面は妖艶でいながらどこか昏い情念を秘め、近年ますます世界観の確立に向かっているようだ。
画面にはしばしば、勝のデフォルメによって類型化した同じような顔立ちの女性像が登場する。また時には、半身が蛇と化した女性像や子どもの鬼など、想像上の物の怪の類が登場するときもある。とはいえこれらは既存のありふれたイメージの単なる写しではなく、画家の深層意識を潜り抜けた先に生まれたイメージの合成物、何かの面影を追うようにして生成された形象とみなすことができるかもしれない。想像上の物の怪を描き、人物にデフォルメを加えるなかで、勝は自らの起源と原型を探る作業を続けているように思える。
時間の堆積を感じさせる丹念な描き込み、そして研鑽された油彩のメティエ。板の支持体に重ねられる油絵具の層は滑らかで密度の高いマチエールを形成し、ときには文様入り和紙や箔で日本画風の装飾効果を施される。色彩は織物のように絢爛に巧みな画面構成のもとに配されながら、古色めいた渋みすらも湛えている。なんといっても一点一点の絵に注ぎ込まれる精力が凄まじい。このほとんど工芸的と言えるまでの画面のつくりこみを見ていると、寡作の理由も十分に頷けるのである。
勝の作品は決して完成度の高さだけが売りというわけではないのだから、このような書き方は誤解を招くだけかもしれない。とはいえ勝の作品に何らかの評価を下すとなると、やはりメティエと描写力の高さについて触れずに済ますわけにはいかなくなる。徹底したつくりこみのその先にある、言語化しがたいある種の過剰さ。人物や物の怪のどことなくポップさを漂わせるデフォルメのため、また神話的・仏教的世界観をベースとした物語性の強い主題のため、勝の作品は出来合いのイメージを図像化しただけの「挿絵的」「イラストレーション的」作品と解されることもあるだろう。だがこれらの作品を「絵画」として成立させている根源的な力は、イメージとそれを再現するためのテクニックが合理性を保っている挿絵やイラストには見受けられない、描写の先にある過剰さ、つまり画家のコントロールを超えて画面に表象される自我の残滓なのだ。
例えば、勝の作品に何度も登場する和装の女性像を見てみよう。月のような丸顔やアーモンド型の瞳、少し開いた唇から覗く真珠色の歯、印を結ぶほっそりとした指先など、類型化した形象が特定の趣味内で受容されてしまう危うさを孕んでいるものの、それにしても細部の描写にはオブセッシヴなまでの肉体への執着が感じられる。そして柔肌から透けて見える血管まで生々しく描かれた肉体への過剰な欲望は、フェティシズムに陥る一歩手前で画家の意識から乖離し、自律した客体に転じている。〈厭離穢土〉と題された作品に描かれているのは、虚空へとまなざしを向けた仏教徒らしき女性の上半身である(なぜか下半身は描かれず、闇に埋没しているのか上半身だけが空間に浮遊しているのか分からない)。胸元で合わされた両の掌はデフォルメを加えられた顔以上にリアリスティックであり、じっと観察していると、右と左の掌が接する境界面が表象の裂け目、タブローの裂け目と化して眼前してくるように見える。裂け目から漏れてくるのは、画家の深層意識のトンネルを抜けて映し出される、絵を見ている私たち自身の存在の断片であるかもしれない。勝の絵画は集合的無意識に訴える力を持ち、私たちの存在の深淵をかすめとるものなのである。
生々しい肉体の描写とは対照的に、背景は文様入り和紙の張り込みや油絵具の垂らし込みの効果などで、平面的・装飾的に空間が形成されている。また、明度の高い澄んだ青色が背景に平塗りされている画面の作品もある。肉体の存在する場所を俗世とするならば、これらの仮想空間は清澄さに満ちた聖なる世界への希求の象徴とみなすことができるかもしれない。
仏教美術をしばしば主題に取り入れつつも、勝は決して悟りの境地に達した偶像を描かない。彼岸と此岸、聖と俗を合わせて飲み下すのが勝国彰の絵画世界である。絵を描くことを「業」とすら言ってしまう勝だが、これからその画「業」がどこへ向かうのか、次の個展が何年後になるか分からないけれども、行き先を見守りたい。(中島水緒)
Bunkamura Gallery 2007年11月1日?11月11日
http://www.bunkamura.co.jp/gallery/071101katsu/index.html