2008年07月22日
curtain 〈私〉と世界のはじまり
女子美術大学相模原キャンパスにある女子美アートミュージアム(JAM)で「curtain??〈私〉と世界のはじまり」と題する展覧会が開かれている。同大芸術学科のプロデュース系カリキュラムの総仕上げのような展覧会であり、同大美術館所蔵の絵画作品を用いて企画から展示まで学生が主体となって実現された。
タイトルは、展示された絵に、さまざまなやりかたで布がかけられていることに由来する。全面を覆ったものもあれば、半分を覆ったものもある。わずかに一部分を覗かせているのもある。趣向は実にさまざまだが、布の色は赤、黒、白の三色に限られていて、そのことが展覧会に統一感をもたらしている。
学生主体の展覧会といったが、じつは布で画面を隠すという発想だけは担当教員の南嶌宏が示唆したものだという。熊本現代美術館で、あれだけヤンチャをやってきた南嶌なら如何にも考え出しそうなことだが、そのアイディアを実現に導いたのは学生たちであり、アイディアをコンセプトにまで高めた彼女たちの力量を高く評価したい。学生各人が一点ずつを担当して、それぞれに工夫を凝らした展示の手際はすばらしい。だから、ほんらいならば、カーテンと絵のひとつひとつのセットについて詳しく述べてゆきたいところなのだけれど、この展評欄で、それをやるのはむつかしい。そもそも授業の一環であるのだから、セット毎の解釈と評価は担当の教員に委ねることとして、ここでは企画の全体について思うところを述べてみることにしたい。
企画にあたった学生の言葉を借りるならば、本展の目指すところは「見ることとは何か」、「本当に見ることとは可能なのか」という問いかけであり、「見ることの可能性/不可能性をカーテンに託している」という。見ることの可能性はともかく、では、その不可能性とはいったいなにか。
たとえば、アンフォルメルを代表するヴォルスは、「見ること、それは目を閉ざすこと」という言葉を残しているが、これは「見ること」が視覚にのみかかわるわけではないということを示している。「見ること」の不可能性とは、どうやら、非視覚的な「見ること」の次元にかかわる事柄であるらしい。しばらく、このことについて考えてみることにしよう。
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観衆に対して絵を布で覆うという発想は古代ギリシャにまで遡る。大プリニウスの『博物誌』に記されたゼウクシスとパラシオスの技くらべの逸話である。
この技くらべにおいてゼウクシスは、たわわに実る葡萄の房を描いた絵を誇らしげに示してみせ、それに対して、パラシオスは、自作を布で覆ったままなかなか示そうとしなかった。やがて、そこに小鳥が飛来し、ゼウクシスの葡萄を実物と見まちがえて啄んだ。これによって勝利を確信したゼウクシスは、はやく覆いをとるようにパラシオスを促した。しかし、布はついに取り除かれることはなかった。絵を覆う布と見えたものが、じつはパラシオスの絵だったのである。かくして勝利は、名人上手といわれるゼウクシスの目を欺いたパラシオスにもたらされた。
この逸話が興味深いのはゼウクシスの場合にせよパラシオスの場合にせよ、それぞれにイメージなるものの在り方を端的なかたちで示している点にある。
ゼウクシスの葡萄についていうと、鳥が啄むほど巧みに描いた手際のすばらしさより、描かれた葡萄は啄むことができないという当たり前の事実に興味を覚える。すなわちイメージはついに触れえないものであることを、ゼウクシスの逸話は改めて思い起こさせてくれる。イメージとして示される対象に到達することは終に不可能であるということが、逸話として示されているのである。決して縮めることのできない??つまり、触知が不可能な??絶対的な距離においてイメージはあらわれるのだ。
これに対して、布で覆われていると見せかけることにまんまと成功したパラシオスの場合は、思うにイメージの不可視性を?? あるいは、イメージにおける心的次元の存在を??暗示している。ゼウクシスが布を取り除くことを求めたとき、彼は画面を見ることを欲したのだが、その欲求は気づかないうちに既に達せられていた。彼が目にしていたのは、実際の布ではなく、描かれた布であったからである。つまり、彼は絵を既に見ていたわけだが、しかし、それはイメージをイメージとして享受しえたことを意味しない。彼は、イメージを単なる視覚の対象と取り違えていたからだ。布のイメージは現前する布として捉えられていたのであり、触覚の対象となりうる事物として捉えられていたのである。
しかし、ひとたび、それが描かれた布であることをゼウクシスが知ったとき、布は触知の対象ではありえなくなった。そればかりではない。ゼウクシスは、画面を介して布を想うほかなくなった。イメージは触覚ばかりか、視覚の対象でさえない次元を有するからである。イメージにおける心的次元は??いうまでもないことながら??触ることはおろか、目で見ることも不可能なのだ。画面を布で覆った状態を絵として提示することで、パラシオスは、このようなイメージの在り方を体験的かつ暗示的に示したのである。あるいは、こういってもよい。ここでは隠蔽と現われとはひとつのことであって、ふたつのことではないのである、と。
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パラシオスの計略には、絵という表現媒体の本質が示されてもいる。絵は、視覚をイメージへといざないながら、そこへの到達を拒みつづけるもどかしさにおいて成り立つものであるからだ。すなわち、それは魅惑的な絶対的距離の創出装置として存在するのである。ここにいう絶対的距離とは、イメージが、触れることも、それじたいとして知覚することもできない次元を有することを意味するのだが、これを接近不可能性と捉え返すならば、イメージはヌーメン性と相通ずるということもできる。つまり、イメージは何がしか聖性を有するのである。
ジャン=リュック・ナンシーは「イメージ-判明なるもの」の冒頭で、「聖なるもの」と「宗教的なもの」の混同を戒めて、「聖なるもの」が、それとして分離され、距離をおかれ、こちら側から切断されるものであるのに対して、宗教は「聖なるもの」との距離を越えて、結びつきを形成しようとする行為であると指摘している。だから、宗教と「聖なるもの」とは対立する関係にあるとナンシーはいうのである。この指摘は、おそらく、ある側面において絵画にも当てはまる。絵画は、ほんらい目のみでは見ることのできないイメージを視野へともたらし、視覚と結び付けようとするからだ。
しかしながら、その一方で、絵画と向かい合う者は、ゼウクシスの葡萄に嘴を触れた小鳥のように、それが線や色彩の錯綜する物質的な表面であることを悟らずにはいない。これによって、絵画は、イメージの前提である絶対的な距離を??接近不可能性を??見る者に思い知らせるのであり、この点において絵画は、宗教とは一線を画するといわなければならない。いってみれば、絵画は、イメージにおける視像と心像の二律背反的対立の手前に、これら両者が共成する希有な場として存立しているのであり、このような在り方は、魔術的とも秘儀的とも称することができる。
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隠すことによって、ひとを「見ること」へといざないながら、「見ること」の不可能性にみちびくカーテン。それは、いざなわれつつ、こばまれるもどかしさの演出であり、本展の魅力は、そこにこそある。ただし、それは、たとえば恋愛におけるような心理的な駆け引きにとどまるものではない。すでにみたように、このもどかしさは絵画そのものの魅惑でもある。すぐれた絵画は、隠すことで視線をいざない、いざないながら視線の進入を拒否する深奥を設けるのだ。たとえば《松林図屏風》の煙霧のように、あるいは、レンブラントの暗がりのように。
ド・フリースによると、西洋においてカーテンは、夜を意味し、肉体を意味し、また未来や真理をさえぎるヴェールでもある。そして、以上にみてきたように、カーテンは、絵画の本質的な在り方を示す存在でもあった。絵画の奥義をも含むこうした多義性ゆえに西洋において、カーテンは画家たちの偏愛の的であり、カーテンの描きこまれた作例は枚挙にいとまがない。たとえば・・・・大司教の顔と左半身を半透明のカーテンが覆うティツィアーノの《フィリッポ・アルチント枢機卿の肖像画》(155162頃)、同様に紗のような絵具の帳が人物を覆うベーコンの《頭部Ⅳ(人と猿)》(1949)や《ベラスケスの教皇イノケンティウスⅩ世の肖像による習作」(1953)、被覆と開示にまつわる絵画の秘儀を思わせるレンブラントの《描かれた額縁とカーテンのある聖家族》やフェルメールの《絵画の勝利》(1665頃)、肉体にまつわるカーテンの寓意を思い出させるフュースリの《夢魔》(1781)やアングルの《ヴァルパンソンの浴女》(1808)。
メンツェルの《バルコニーの部屋》(1845)の風と光をはらむカーテンは、世界へ向けて開かれた窓であることを誇る絵画を優しく諌めているかにみえる。クロード・ヴィアラは窓としての絵画を窓掛けにしてしまったと、卓抜な警句を吐いたのは東野芳明だったが、額縁から解き放たれた布のうえに腎臓のようなかたちが繰り返されるヴィアラの絵は、たしかにカーテンのようにみえないでもない。
絵画にまつわる不可視性と不可触性の秘儀を踏まえていうならば、さまざまな色をずらしながら織り込んでゆくリヒターのアブストラクト・ペインティングのスキージの跡や、フォト・ペインティングのソフト・フォーカスをカーテンと呼んでみることも決して不可能ではないだろう。
18世紀の啓蒙主義は、真理を覆うヴェールを剥ぎ取り、切り裂くことに関心を傾けたが、その試みは、けっきょくのところ空虚を見出すにとどまったように思われる。すくなくとも、絵画の探究にかんしては、そうであったというほかない。絵画の真理を求めてヴェールを切り裂くことは、静物画の画面に腕をつっこんで果実をつかもうとするに等しい蛮行と考えられるからだ。絵画に描き込まれたカーテンは、思うに、こうした啓蒙の野蛮に対する牽制や批判の意味を帯びているのであり、そうだとすれば、このたびのJAMの展覧会は、反啓蒙的試みということができる。ただし、それは決して迷妄への退却ではない。啓蒙主義の野蛮に対する批判は、啓蒙の啓蒙にほかならず、それゆえ反啓蒙主義は、啓蒙主義の正統的な継承者であるということができるからである。覆うことによってのみ、明らかになる次元というもののあることを、われわれは忘れてはならないのだ。
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絵をカーテンで覆って展示するというこうした実験的な試みは、普通の美術館では、とうてい望むことができない。こんなことができるのは大学美術館の特権である。というよりも、こうした企てに場を提供することが大学美術館の重要な存在理由だとさえいえる。にもかかわらず、大方の大学美術館では、ここまでラディカルな実験的企てが行われることは、まず、めったにありえない。ということは、このたびのJAMの「curtain」展は、大学美術館の可能性を思うさま開花させる企てであり、他大の美術館への範となるものであったということができる。作品の扱いについて、多少、あぶなっかしさを感じないではなかったものの、その点は担当教員の今後の指導に待つとして、JAMには、失敗を恐れず、姑息な非難などに耳を貸すことなく、進取の構えで、今後も、こうした企てを続けて行ってもらいたい。(北澤憲昭)
女子美アートミュージアム 2008年7月11日? 27日
展覧会公式ホームページ
http://curtain2008.web.fc2.com/
編集部註:7月23日一部改定、8月3日一部修正。