2008年09月01日
建築がみる夢 石山修武と12の物語
マンション暮らしの今はせいぜい狭いヴェランダで観葉植物を栽培するくらいしかできないが、田舎に住んでいた少年時代にはよく家庭菜園で畑仕事に精を出したものだ。そうした体験の持ち主は、他にも少なくないだろう。当時の身体的記憶が未だに残っているのだろうか、日々の雑事にかまけている間にも、ふと無性に土をいじりたくなることがある。どの駅からも遠く、都心とは思えない豊かな緑に恵まれている砧公園はそうした連想をめぐらせる格好のロケーションである。そうした次第で、この夏同公園に所在する世田谷美術館で開催された石山修武展が「建築も畑作りも同じ未来が見えている」とうたっているのを見たときには、思わず快哉を叫びたくなった。
「12の物語」というタイトルからもわかるとおり、本展は石山が今までに国内外で手がけてきた代表的なプロジェクトを物語形式で構成したもので、「ひろしまハウス」「世田谷村」「天の川・ざくろの小径計画」「渡真利島 月光・ TIDA計画」「猪苗代鬼沼計画」「農村ネットワーク計画」「グアダラハラ計画」「チリ建国200年祭計画」「北京モルガンセンター計画」「ミャンマー仏教文化センター計画」「音の神殿計画」「浅草計画」という12のプロジェクトが、模型や図面、写真付の解説パネルなどによって紹介されていた。それぞれの詳細な説明はカタログに譲るとして、これらのプロジェクトはいずれも現在進行形のものであり、本展を今までの業績の回顧ではなく、今後のプロジェクトの起点として位置付けようとする石山の強い意気込みをうかがい知ることができたことを断っておきたい。
これらのプロジェクトのなかでも、最も印象的なひとつが「世田谷村」であった。石山は世田谷区在住で、この「世田谷村」とは他でもない彼自身の自邸の呼称なのだが、この自邸は築50年の木造住宅の上に、鉄骨を組んだ屋上屋を架し、そこを土台として畑を造成しているリノベーションに大きな特徴がある。本展の趣旨に従えば、将来はこの屋上に小屋を建て、果樹を育ててみたいという石山のひそかな願望も、自邸を「村」へと展開していく物語の一過程と言えそうだ。
ところで、「世田谷村」の屋上屋は造船技術の応用によって作られたものだが、彼が考案した技術的な工夫としては他にコルゲートパイプの活用、左官の漆喰技術の導入、セルフビルド、 D=D(Direct dealing)方式による部品供給などが挙げられる。これらの技術は、いずれも石山が『秋葉原感覚で住宅を考える』を出版した84年の時点で既に提唱されていたものだ(なお付言しておけば、『萌える都市アキハバラ』で知られるオタク論者の森川嘉一郎は石山の弟子に当たる。かなり特異な形でとはいえ、その遺伝子は着実に継承されているのだ)。いずれも強いコスト意識によって考案された技術であり、建築界ではしばしば異端視されてきた石山が、実は建築を生活の延長線上で捉えようというまっとうな生活観の持ち主であったことがわかる。
こうした石山の仕事に接していると、私はついクリストファー・アレクサンダーの論文「都市はツリーではない」を思い出してしまう。モダニズムの人工的な都市計画に対していち早く批判の眼差しを向けたこの画期的な研究によって、アレクサンダーは長い年月にわたって自然に形成された「自然都市」とデザイナーやプランナーによって計画された「計画都市」を対比し、両者の構造的な差異を「セミラティス」と「ツリー」に見出して、後者には前者の持つ複雑さが欠落しており、それによって空間の閉塞感がもたらされるのだと結論付けた。この先駆的な都市研究は建築や都市計画のみならず、ジル・ドゥルーズや柄谷行人らにも大きな影響を与えたことで知られているが、ここに見られる都市のヒエラルキー批判の視点は、生活に根ざした石山の建築観とも大いに通底しているのではないだろうか。
最後に、誤解を承知の上で不躾な感想も述べておこう。私が同展を訪れた8月中旬のある日、石山は会場内の一角に陣取ってマスコミの取材に応じていた。その傍らにはオンライン接続されたパソコンが設置され、研究室の学生と思しき若者が石山の指示に従ってせわしなく動き回っていた。聞くところによると、6月末に展覧会が開幕して以来、石山はほとんど連日詰め掛けていて、事実上展覧会場がアトリエと化していたとのこと。最近、北海道の旭山動物園の目覚ましい成功によって、ただ檻に入れただけではない動物の生態を見せる行動展示という手法が大きな注目を集めているが、当日、大学の博物館実習のため多くの学生を引率して会場を訪れていた私は、担当学芸員のN氏と話し込んでいるうち、石山の仕事ぶりを始終目の当たりにできるこの展示は実は極めつけの行動展示ではないかということで意見の一致を見たのだった。(暮沢剛巳)
2008年6月28日?8月17日
世田谷美術館
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/index.html